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静岡地方裁判所 昭和55年(ヨ)41号 決定

債権者 坂井正明

〈ほか五名〉

右債権者ら訴訟代理人弁護士 佐藤久

同 清水光康

同 伊藤博史

債務者 学校法人静岡和洋学園

右代表者理事 小泉憲一

右訴訟代理人弁護士 河野富一

同 杉田雅彦

債務者 住友建設株式会社

右代表者代表取締役 伊藤賢雄

右訴訟代理人弁護士 奥野兼宏

同 河村正史

主文

1  債権者らが共同して一四日以内に債務者らに対し金三〇〇万円の保証を立てることを条件として、債務者らは別紙物件目録(一)記載の土地上において、別紙物件目録(二)記載の建築予定の建物につき、高さ七・〇八メートルを超える部分の建築工事を本案判決確定に至るまでしてはならない。

2  債権者らのその余の申請を却下する。

3  申請費用は債務者らの負担とする。

理由

第一申請の趣旨

(主位的申請の趣旨)

債務者らは別紙物件目録(一)記載の土地上において、別紙物件目録(二)記載の建築予定の建物の建築工事をしてはならない。

(予備的申請の趣旨)

債務者らは別紙物件目録(一)記載の土地上において、別紙物件目録(二)記載の建築予定の建物(立面図は別紙図面(一))のうち、三階以上の部分、又は高さ五・六八メートル以上の部分の建築工事をしてはならない。

第二申請の理由

別紙「申請の理由」と題する書面記載のとおり。なお、債権者らの居住する敷地及び居宅と本件建物及び債務者学校の既存校舎との位置関係は、別紙図面(二)のとおりである。

第三当裁判所が認定した事実

本件疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

一  当事者

当事者については、別紙「申請の理由」第一記載のとおりである。

二  本件建物の概況

債務者学校法人静岡和洋学園(以下「債務者学校」という。)は静岡市八幡三丁目九番地の学校敷地上に、別紙図面(二)のとおり、東側に南北に長く鉄筋コンクリート三階建校舎二棟、北東に鉄筋コンクリート六階建校舎一棟、北側に鉄筋コンクリート四階建校舎一棟を所有し、三階建南側校舎の東側に、狭い道路を隔てて位置する別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)と、その南側に民家一軒を隔てて位置する静岡市八幡三丁目八番三の土地上に、それぞれ、以前は木造瓦葺二階建校舎であった建物の一部を移築して寄宿舎に改造した建物各一棟を所有していたものである。

債務者学校は昭和五四年八月本件土地上の寄宿舎(以下「旧寄宿舎」という。)を取壊し、本件土地上に別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築することを計画し、昭和五四年一一月三〇日付建築確認を受けて、昭和五五年一月一二日債務者住友建設株式会社(以下「債務者会社」という。)との間で建築請負契約を締結した。

本件建物の建築目的は、一階に学生用自転車置場兼教職員の自家用車の駐車場を設置し、二階に本件土地の南側にある寄宿舎(以下「南側寄宿舎」という。)の寄宿生の三食及び通学生の昼食を供するための食堂を設置し、三階、四階に四教室を増設するというものである。

本件建物の広さは、一階二四八・二平方メートル、二階二四四・八平方メートル、三階二〇九・八五平方メートル、四階二〇二・八五平方メートルであり、高さは、一階部分が二・五五メートル、二階部分が三・一三メートル、三階部分が三・二八メートル、四階部分が三・三五メートル、屋上のフェンス〇・四五メートル、合計地上一二・七六メートルであり(但し、建築確認を受けた本件建物の設計上の高さは、一階が二・七五メートル、二階が三・三五メートル、三階が三・三五メートル、四階が三・五〇メートル、屋上のフェンス〇・四五メートル、合計地上一三・四五メートルであった。)境界からの距離は北側が一・一九メートル、東側が〇・七五メートル、南側が〇・八九九メートルとして設計されている。

三  日照阻害の状況

1  冬至における本件建物及び債務者学校の三階建校舎二棟(以下「既存校舎」ともいう。)による各債権者の敷地及び開口部分の予想される日照阻害の状況

(一) 債権者坂井正明

地盤面上において、午前八時から午前一〇時ころまでは南西部分に部分的に日照阻害があるが、以後日照阻害部分が増大し、正午にはほぼ全面に日照阻害が生じるが、以後は西側から日照が回復し始め、午後二時ころは西側約三分の一に日照が存し以後本件建物による日照阻害は解消に向うが、既存校舎により午後二時すぎころから日没まで日照阻害が生じる。右債権者の居宅は一階が車庫、二階が住居であり、二階住居には東、南、西に開口部があり、午前八時から午前一〇時前までは東側開口部に日照があるが、午前一〇時ころから午後一時ころまで全開口部に日照阻害が生じ、午後一時ころから西側開口部の日照が回復するが、午後二時すぎころから既存校舎により全開口部に日照阻害が生じる。

(二) 債権者坂井勝彦

地盤面上の日照阻害については、債権者坂井正明と共有の敷地であるため、右債権者と同様である。債権者坂井勝彦の居宅は一階が車庫及び住居、二階は住居であり、一階は開口部がほとんどないが、二階には東、南、西に開口部があり、午前中は東側開口部に日照があり、また午前一一時ころまでは南側開口部にも日照があるが、午前一一時ころから南側開口部に日照阻害が始まり、正午ころには南、西側開口部ともに全面に日照阻害が生じ、以後午後四時前ころまで継続し、以後は既存校舎により全開口部の日照が阻害される。

(三) 債権者坂野隆

地盤面上において、午前一〇時ころから西側部分から日照阻害が始まり、正午ころに約四分の一、午後二時ころに約五分の三、午後四時ころは全面に日照阻害が生じる。右債権者の居宅は敷地内に平屋建住居が四棟、物置が一棟配置され、母屋の開口部は東、南、西に、客間用の建物及び長男、長女用の各離れはいずれも東、西に開口部がある。午前八時から午前一一時ころまでは、母屋、客間、長女の建物の東側開口部に日照があるが、正午ころから母屋の南側開口部に日照阻害が生じ、以後は母屋の西側、南側開口部、長男長女の各離れの西側開口部のいずれも全面に日照阻害が生じる。午後三時ころに日照があるのは、客間の西側開口部の一部のみとなるが、これも、既存校舎のため、以後は日照阻害が生じることとなる。

(四) 債権者白鳥勝次

地盤面上において、午前一〇時ころ敷地の南西部分が約三分の一、正午ころ敷地の約三分の二、午後二時ころ東側約五分の一の日照が阻害される。午後二時ころから既存校舎のため日照阻害が生じはじめ、午後四時ころには全面的に阻害される。右債権者の居宅は、敷地上の二棟の建物のうちの東側の二階建であり、一階、二階とも住居として使用されている。一階、二階ともに開口部は東、南、西にあり、午前八時から午前一一時までは東側、南側開口部に日照があるが、午前一一時以後南側開口部に日照阻害が増大し、正午から午後一時三〇分ころまで西側、南側開口部は全面に日照阻害が生じ、午後二時前に西側、南側開口部の日照が回復する。しかし、午後三時ころには既存校舎により再び西側、南側開口部は全面に日照阻害が生ずる。

(五) 債権者大村義雄

地盤面上において、午前一〇時以降日照阻害が始まり、正午には敷地の約五分の三、午後二時前から日没まで敷地全面の日照が阻害される。右債権者の居宅は一階平屋建で東、西に開口部があり、午前中は東側開口部に日照があるが、正午以降日没まで西側開口部は全面的に日照阻害が生じる。

(六) 債権者山村良平

地盤面上において、午前八時から正午ころまでほぼ全面の日照が阻害されるが、正午すぎ以降は本件建物による日照阻害はない。しかしながら、既存校舎により正午以降日照阻害が生じ、午後二時以降は全面の日照が阻害される。右債権者の居宅は、二階のみ住居となっており、開口部は西、南にある。午前八時から午前九時三〇分ころまで南側開口部の全面に日照阻害が生じ、午前一〇時には南側開口部の日照は回復するが、既存校舎により正午すぎころから西側開口部の日照阻害が生じ、午後二時以降は全開口部の日照が阻害される。

2  旧寄宿舎による日照阻害と本件建物による日照阻害との比較

旧寄宿舎は軒の高さ七・五メートル、最高の高さ九・七五メートルで、境界から壁面までの距離は東側、北側ともに本件建物より長い。本件建物が建築された場合には、旧寄宿舎に較べ債権者山村良平の敷地の午前中の日照阻害及び債権者白鳥勝次の敷地の午前一〇時から午後二時すぎころまでの日照阻害が顕著に生じることとなり、債権者坂井正明、同勝彦の敷地の正午ころから午後二時すぎころまでの日照阻害が相当程度増加することとなる。また、各債権者の居住する建物の開口部分の日照について比較すると、本件建物が建築された場合、債権者坂井正明の二階居宅の南側開口部分の日照阻害の開始時刻が早くなり、また、西側開口部分の日照阻害は旧寄宿舎の場合は正午ころから午後二時ころにかけて一部にすぎなかったのが、本件建物の場合は正午以降ほぼ全面となる。債権者坂井勝彦の二階居宅の南側開口部分の日照阻害は、旧寄宿舎の場合には正午ころ一部分であったのが、本件建物の場合には全面となり、西側開口部分の日照阻害は午後二時ころは旧寄宿舎の場合には生じなかったが、本件建物の場合には全面に生じることになる。債権者坂野隆については、正午以降の日照阻害が特に母屋の南側開口部分で増加する。債権者白鳥勝次については、一階、二階ともに正午ころ、旧寄宿舎によっては生じなかった西側及び南側開口部分の日照阻害が、全面に生じることになる。債権者大村義雄については、開口部分は居宅の東と西にあるが、西側開口部分は旧寄宿舎により全面的に日照が阻害されていたものであり、本件建物によっても全面的に日照が阻害される。債権者山村良平については、午前一〇時ころから、既存校舎による日照阻害が始まる正午前までの間は、西側、南側開口部分ともに日照が阻害されなかったが、本件建物により右の時間帯南側の開口部分の日照阻害が部分的に生じることになる。

四  地域の状況

本件土地は国鉄静岡駅から南へ約五〇〇メートルの地点を東西に走る通称カネボウ通りに沿って東に約五〇〇メートル進んだ所を南に約六〇メートル入った地点にある。静岡駅の南側の一画は用途地域区分上商業地域であるが、右地域の南側と、東側、西側は近隣商業地域であり、本件土地もこれに含まれる。更にその南側は住居地域、第二種住居専用地域であり、本件土地から南側の住居地域までの直線距離は約一五〇メートル、本件土地の東側の住居地域までの直線距離は約一八〇メートルである。

八幡三丁目の区域内における四階建以上の建築物は、債務者学校の建築物を除くと現在建築中の五階建マンション(GSハイム八幡)を含めて数棟であり、三階建の建築物は一〇余棟であってそれほど多くはなく、本件土地周辺は近隣商業地域であるにも拘らず現況は南側の住居地域と様相が近似し、現在は大部分の建物が平家建又は二階建の低層住宅であるといいうる地域である。カネボウ通り北側の八幡二丁目、森下町は、本件土地のある八幡三丁目と同様、近隣商業地域であるが、四階建以上の建築物が比較的多く、静岡駅南側の商業地域との近似性を示しているということができる。

五  本件建物の建築目的

1  債務者学校は生徒数定員一〇八〇名、現在数九二四名、学級数三学年合計二一学級、学科数四(進学科、家政学科、商業科、保育科)であるが、現在家政学科では編物教室、商業科では商業実践室、保育科では工作実習室など、いずれも特別教室が不足し、図書閲覧室も十分ではない状況である。更に、昭和五五年度以降、静岡県の高等学校生徒の急増が予想されるところ、昭和五四年一〇月静岡県公私立高等学校協議会は、県立高校一〇校、私立学校五校の増設を具申し、又、私学協会は各学校代表者相互間で既設の学校の学級増設につき検討し各校で学級増をすることを決定し、債務者学校も学級増設の要請を受けたが、現在の教室数のままでは右要請に応じられない状況にある。

以上により、右の特別教室の不足及び学級増設の対策として、債務者学校は、本件建物の中に四教室の増設を計画している。

2  現在、自転車通学生徒の自転車約五〇〇台、教職員の通勤用乗用車約七台が、運動場、校舎の周囲、通路、下駄箱付近などに置かれており、債務者学校はこれらを本件建物に収容する計画を有している。

3  南側寄宿舎には現在約五〇名の生徒が寄宿しているが、右建物には調理室、食堂の設備がないため、債務者学校は債務者学校の北西隅の四階建校舎一階の調理室を寄宿生のための調理室及び食堂としても使用している。債務者学校はこの寄宿生の食事及び通学生の昼食の提供を目的として、本件建物に食堂を設置することを計画している。

六  債権者らの本件建物による日照阻害の回避の可能性

別紙図面(二)のとおり、債権者らはいずれも敷地一ぱいに建築された居宅に居住しており、東西南北ともに境界と居宅との間はきわめてわずかの距離しかないから、敷地内で居宅を北側や東側に移動させることにより日照阻害を回避することは困難である。また、債権者坂井正明、同坂井勝彦、同白鳥勝次、同山村良平は既に二階を住居の用に供しているから、住居部分を更に高くすることによる日照阻害の緩和も困難で実現性が薄いものといわざるをえない。

七  債務者学校の校舎等の建築時期と債権者らの居住時期

債務者学校は昭和二四年一月現法人の前身である静岡和洋高等学校の時代に現在の学校敷地に新校舎を建築して移転し、その後昭和三二年一月に第一期工事、昭和三三年八月に第二期工事、昭和三七年八月第三期工事(旧寄宿舎)、昭和三九年三月第四期工事(六階建校舎)、昭和四一年三月南側寄宿舎がそれぞれ完成し、三階建校舎二棟のうち南側校舎は昭和三八年八月三〇日所有権保存登記、北側校舎は昭和三三年一〇月一七日所有権保存登記が経由された。

債権者らの現住所地の居住時期についてみると、坂井正明、坂井勝彦は昭和四七年一一月から現住所地に家屋を建築して居住を開始したものであり、坂野隆は昭和一九年から現住所地に居住していたが、戦災で家屋が焼失したため昭和二四年現在の家屋(母屋)を建築して居住し、白鳥勝次は昭和二六年に現住所地の敷地を購入し昭和三四年一月に居住を開始したものであり、大村義雄は昭和一〇年から現住所地の借家に居住し、借家が戦災で焼失したのち昭和二三年に現在の家屋を建築して居住し、山村良平は昭和三七年に現住所地に家屋を建築して居住してきたものである。従って、債権者坂野隆、同大村義雄は債務者学校の三階建校舎二棟及び旧寄宿舎の建築以前から居住していたものであり、債権者坂井正明、同坂井勝彦は、いずれの建物も完成したのちに居住を開始したものであり、債権者白鳥勝次は三階建北側校舎の完成後で三階建南側校舎及び旧寄宿舎完成前に居住を開始したものであり、債権者山村良平は、三階建南側校舎や旧寄宿舎完成とほぼ同じ時期に居住を開始したものである。以上によれば、債権者坂野隆、同大村義雄を除く他の債権者は、債務者学校の三階建校舎二棟及び旧寄宿舎による日照阻害が現に発生していることを認識し、又は発生を予測しうる状況の下に、各自の住所地に居住したものということができる。

第四当裁判所の判断

一1  住宅に対する日照は健康な生活のために必要不可欠のものであり、日照を阻害される者は、その住居の所有権又は人格権に基づき、侵害行為の予防、差止を請求しうるというべきであるが、都市における土地の効率的利用が国民の社会的経済的活動上避けられない現状の下においては、国民は日照を完全には享受し得ない状態をもある程度受忍しなければならない。受忍すべき限度については、日照阻害の状況、地域性、日照阻害を生じる建築物の建築目的、建築を禁止された場合の損害、先住後住関係等の諸事情を考慮して、個々具体的に判断すべきである。

2  複合日照阻害について

既存の建物により既に日照阻害が生じているとき、新たな建築物により日照阻害が増大する場合に、新たな建築物による日照阻害のみが考慮の対象とされるのは、日照を阻害される者にとって妥当ということはできず、このような場合は既存建物と新建築物との双方による日照阻害を全体として考慮したうえ、受忍限度を検討するのが相当である。このような場合、通常新たな建物の建築者と既存建物の所有者との間の日照阻害の責任の分担につき、困難な問題が生じることが予想されるが、本件においては、複合日照阻害を生ぜしめる建物は、債務者学校の既存の三階建校舎二棟及び本件建物であるから、日照阻害の責任はいずれも債務者が負担することになるため、責任分担につき困難な問題が生じることもない。よって、本件において日照阻害につき判断するについては、三階建校舎二棟と本件建物とを総合して検討することとする。

3  建築物の公法規制の適合性と日照阻害

本件建物は昭和五四年一一月三〇日建築確認を受けた適法な建築物であり、静岡市日照等に関する指導要綱(以下「指導要綱」という。)の対象外の建築物である(指導要綱によれば、近隣商業地域において指導要綱の対象となるのは、高さ一五メートル以上、階数は六階以上の建築物である。)。しかしながら、公法上の規制に適合することは必ずしも私法上の権利として認められることを意味しないから、公法規制に適合する建築物についても、他人の所有権、人格権の侵害があるか否か、当該建築物の建築が私法上の権利としても認められるか否かの点につき、個別具体的に判断されなければならない。

4  指導要綱の目標日照時間の充足の有無等

前示の各債権者についての日照阻害の実情及び地域性等に加えて、本件建物による日照阻害が受忍限度内か否かにつき判断するに際しては、指導要綱の指針も考慮されるべきである。指導要綱の直接の対象とならない建物を建築する場合であっても、良好な住環境の確保をめざして、静岡市の実情に合わせて作られた指導要綱の指針は、十分に尊重されるべきだからである。

ところで、指導要綱における目標日照時間は、冬至を標準とし、有効日照時間を真太陽時による午前八時から午後四時までとし、地盤面上を測定地点とした場合、近隣商業地域においては地盤面上三時間とされている。三時間の完全日照を確保すべき地盤面の範囲については、本件土地付近のように建物の密集している地域においては、日照被害を受ける者の居住する敷地全体とするのは相当ではなく、現に居住している建物の部分の範囲の地盤面に限るものとするのが相当である。よって、右の目標日照時間に関する基準に基づいて、各債権者につき、その居住建物部分の地盤面上の完全日照時間について検討する。

債権者坂井正明、同山村良平については、全有効日照時間を通じて日照阻害が生じていない時間はなく、完全日照時間はゼロである。債権者坂井勝彦については、午前八時から午前一〇時三〇分ころまでの約二時間半、債権者坂野隆については、午前八時から午前一〇時ころまでの約二時間、債権者白鳥勝次については、午前八時から午前一〇時ころまでの約二時間、債権者大村義雄については、午前八時から午前一〇時ころまでの約二時間、居住建物部分の地盤面上に完全日照がある。以上によれば、本件建物が建築された場合、居住建物部分の地盤面上において、三時間の完全日照を得る債権者はないことになる。

なお、各債権者の居住建物の開口部の日照については、東側に開口部のある建物に居住する債権者は債権者坂井正明を除き午前中は東側の日照をほぼ確保しうるが、全債権者とも正午前後から以後は、南側、西側開口部においては本件建物及び既存校舎により殆んど日照を得ることができないのは前示のとおりである。

5  受忍限度についての結論

以上を総合すれば、債権者はいずれも本件建物及び既存校舎により著しく日照阻害を受けることになり、右日照阻害はいずれの債権者についても、受忍限度を超えるものといわざるをえない。

二  本件建物の設計変更による日照阻害の緩和の可能性

本件建物を設計変更した場合の日照阻害状況の変化について、とくに、指導要綱の目標日照時間に基づいて検討する。

1  四階部分を建築しない場合の各債権者の居住建物部分の地盤面上の日照時間

債権者坂井正明については、本件建物の場合と同様、完全日照時間はゼロである。債権者坂井勝彦については、午前八時から午前一一時ころまでの約三時間、債権者坂野隆については、午前八時から午前一〇時三〇分ころまでの約二時間半、債権者白鳥勝次については、午前八時から午後三時ころまでの約七時間、債権者大村義雄については、午前八時から午前一〇時三〇分ころまでの約二時間半、債権者山村良平については、午前一一時から正午ころまでの約一時間、居住建物部分の地盤面上にほぼ完全な日照がある。

以上のとおり、四階部分を建築しない場合、三時間以上の完全日照が予想されるのは、債権者白鳥勝次、同坂井勝彦の二名である。

2  三階以上を建築しない場合の各債権者の居住建物部分の地盤面上の日照時間

債権者坂井正明については、完全日照時間はゼロである。債権者坂井勝彦については、午前八時から正午近くまでの約四時間、債権者坂野隆については、午前八時から午前一一時ころまでの約三時間、債権者白鳥勝次については、午前八時から午後三時ころまでの約七時間、債権者大村義雄については、午前八時から午前一一時前までの約三時間、債権者山村良平については、午前一〇時ころから正午ころまでの約二時間、居住建物部分の地盤面上にほぼ完全な日照がある。

以上のとおり、三階以上を建築しない場合、三時間以上の完全日照が予想されるのは、債権者坂井勝彦、同坂野隆、同白鳥勝次、同大村義雄の四名であり、三時間に満たないのは債権者坂井正明、同山村良平である。

3  以上を総合すれば、三階以上を建築しない場合に予想される日照阻害は、債権者坂井勝彦、同坂野隆、同白鳥勝次、同大村義雄については、受忍限度の範囲内であるということができる。また、債権者坂井正明、同山村良平については、旧寄宿舎及び三階建校舎二棟の建築時又は完成後に現住所地に居住するに至ったものであるから、それらの建物によるのと同程度の日照阻害については、受忍の意思が推認されるのである。

三  債務者学校の本件建物の建築目的についての検討

債務者学校は昭和五五年度以降の静岡県内の高校生急増の対策として学級増設の要請を受け、右要請に応えて、将来生徒数を増加させるため教室の増設を企図していることは前示のとおりである。また、債務者学校に家政学科、商業科、保育科等の職業教育課程が存することは債務者学校の特色であるということができ、そのための特別教室等の設備を充実させようとの企図も十分に首肯しうるものである。従って、債務者学校の教室増設は、社会的要請の点から見ても必要不可欠のものというべきである。

債務者学校は南側寄宿舎に調理施設がないため、四階建校舎一階の調理室を寄宿生の食堂にあてているが、右調理室は債務者学校の運動場を横断すれば南側寄宿舎から約一〇〇メートルの距離であるから、本件土地上に調理室並びに食堂の設備がなければ、寄宿生にとって著しく生活上不便であるということはできない。また、通学生に昼食を供する施設が、都市部の高等学校にとって必要不可欠なものであるとは、とうてい認めることはできない。

通学生用の自転車置場については、その必要性は高いものといわざるをえないが、債務者学校は最近買収した本件土地の北側隣接地も含めて本件土地付近一帯にいくつかの土地及び施設を有しているのであるから、それらの土地等を効率的に利用すれば、本件土地上の自転車置場を設置することを回避することも可能であるということができる。教職員用の自動車駐車場についても同様である。

以上によれば、債務者学校の本件建物の建築目的のうち、教室増設については必要性は高いものということができるが、その余の部分については、債権者らを含む近隣居住者の住宅の日照を阻害してもなお本件土地上に設置しなければならない程度の高度の必要性があると認めることはできない。

四  結論

以上によれば、本件土地上に本件建物を建築することによる日照阻害は、債権者らの受忍の限度を超えるものといわざるをえないが、三階以上を建築しない場合の日照阻害は受忍限度の範囲内であるということができる。また、債務者学校が設置を企図している四教室は、前示のとおり必要性が高いものと認められる。従って、これらを総合勘案すれば、一階部分と二階部分とを教室として建築した場合の建物の予想される高さ、すなわち、別紙図面(一)の現設計図における三階部分の高さ三・二八メートル、四階部分の高さ三・三五メートル、屋上部分の高さ〇・四五メートルの合計七・〇八メートルを超える部分についてのみ、建築を禁止することが相当である。なお、右は旧寄宿舎の軒の高さ七・五メートル、最高の高さ九・七五メートルに比し低いものであるが、旧寄宿舎は北側、東側の壁面と境界との距離が本件建物より多く、二階部分の北側は、一階部分より一層境界から離れていたため、本件建物の高さを七・〇八メートルに制限した場合に予想される日照阻害よりも、旧寄宿舎による日照阻害の方が少なかったものである。

してみれば、債務者らに対し一部建築禁止を求める債権者らの予備的申請のうち、本件建物の高さ七・〇八メートルを超える部分については、被保全権利について一応の疎明があり、保全の必要性も認められるから、債権者らに共同の保証として債務者らのため合計三〇〇万円の保証を立てさせることを条件として、本案判決確定に至るまでその建築を禁止することとし、本件建物のうち七・〇八メートルを超えない部分について建築禁止を求める債権者らの申請は却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 稲葉耶季)

〈以下省略〉

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